「優しい水」
めーこ様・作
人は、1人で生きていかなければならない。
誰かを傷付けてしまう。
誰かを裏切ってしまう。
泣かせてしまうから…
涙なんて、もう見たくはないんだ。
死なせたく…ないんだ…
どうしてあんな簡単な手術を失敗してしまったんだろう…
何とか一命は取り留めた。
だが前よりも酷い状況に陥ってしまった。
…できるのか?俺に…
本当に患者を救えるのか?
「ちぇんちぇえ…」
小さな恋人が、おずおずと歩み寄ってくる。
「どうした?ピノコ」
なるべく優しい口調で聞き返した。
この子にだけは、弱さを見せてはいけない。
俺に付いてきてくれると言った彼女を、泣かせてはいけないんだ。
「今日の手術、ちっぱいしたの悲しい?」
「どんな人間でも、失敗というものはあるもんだ」
「…ちぇんちぇえは、どうちて泣かないの?」
「え?」
頭の中が真っ白になった。
「悲しい時は、泣けばいいのよ」
「ピノコ…」
「泣けないの?」
「…ああ、泣けない…」
「嘘つき」
「ピノコ?」
「泣けないんじゃなくて、泣こうとちてないだけじゃない」
「…」
「引きずったままで、傷を隠して、これからも生きてゆくの?」
「…」
「そんなの、ピノコゆるさないんだかや」
ああ、彼女はなんて強いんだろう。
「ちぇんちぇえが泣かないんなら、ピノコがずっと泣いちゃうんだからあ」
どうして、他人のために泣けるんだろう。
「泣かないんなら、ピノコがちぇんちぇえのかわりに泣いてあげゆから」
真っ白なんだな。
傷だらけなのに、白いままで、明るくて、俺とはまるで正反対なんだな。
「だから、元気出ちて」
「ピノコ…」
「ちぇんちぇえ」
「抱きしめさせてくれ」
小さな体を、腕の中に収めた。
きっと周りが見たら、俺がピノコを慰めているように見えるんだろうな。
全く、反対なのに…
「…ちぇんちぇえの甘えんぼさん」
嬉しそうな声が俺の胸をくすぐる。
今日はこのまま眠りにつこう。
彼女の涙が、俺の胸の中にある器にたまっていくだろう。
器から水が溢れた時、俺も涙を流そう。
その時は、又こうして抱きしめさせてくれ。
ピノコ…
人は、1人で生きていかなければならない。
誰かを傷付けてしまう。
誰かを裏切ってしまう。
泣かせてしまうから…
涙なんて、もう見たくはないんだ。
だけど、俺が今まで傷付けてきた人達の中に、こうして涙を見せられる相手がいることを、
心から心から、祈っている…
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