「Scarlet」

光路郎様・作








 それを見つけたのは、ほんの偶然だった。それほど小さな写真だった。
 大富豪マダム・フロンティアーズが毎年恒例の慈善事業に参加したことを報せるもので、
 彼女が税金対策のために寄付をするのはとみに有名であった。
 その写真の片隅、ほんの小さく写っている人物を見つけ、峰不二子はあっと声を上げた。
 いつもと全く違う地味なスーツに細いフレームの眼鏡。まるで別人のように取り澄まして
 いたけれど、それは紛れもなく。
 ――ルパン三世、であった。


   Scarlet

 マダム・フロンティアーズは、「青髭婦人」と世間では呼ばれていた。彼女は三十を
 少し越えたほどだったが、既に五人の男と結婚経験があり、全員が二年以内に死亡していた。
 といって、彼女が殺したということではない。五人が五人とも、紛れもない自然死であった。
 四人目と五人目に至っては警察も乗り出し、きちんと検死したのだから間違いなかった。
 それもそのはずで、彼女が結婚する相手は相当の高齢者か、不治の病に侵されて余命幾許も
 ない男ばかりであったのだ。そして例外なく、彼らは全員が裕福であった。
 五人の遺産と保険金で、マダム・フロンティアーズは指折りの金持ちになった。彼女を狙う
 男は多かったが、逆に選ばれるということは死刑宣告を受けたも同然で、誰も手出しできなかった。
 そこにルパンがいる。
 不二子は以前、とあるパーティでマダム・フロンティアーズと知り合った。二人はよく似ていた。
 物の見方、考え方。違いがあるとしたら、ほんのちょっと。それが犯罪者の不二子と、そうで
 ないマダム・フロンティアーズを分けていた。
 マダム・フロンティアーズは不二子の来訪を心から歓迎してくれた。そして、
 「遅かれ早かれ来ると思っていたわ」
 と笑った。
 三十過ぎではあったが、彼女の肌は白く、肌理細やかだった。二十半ばと言っても通用しよう。
 お金をかけているのね、と不二子が言うと、当然よ、武器だもの、とあっさり答えた。
 「ルパンのことでしょ?」
 マダム・フロンティアーズ――いや、メリッサ・フロンティアーズは悪戯っぽく笑った。
 こういう少女然としたところが、不二子には憎めなかった。
 不二子が肯定すると、
 「彼、なかなか有能よね。今、秘書の仕事をしてもらってるんだけど、何でもソツなくこなすし。
  うちの会社で雇いたいものだわ」
 メリッサは亡き夫たちから幾つもの会社を受け継いでいた。無論、ほとんどが他人に任せきり
 であったが、彼女の人を見る目は確かであるのかどこも経営は順調で、黙っていても一定の金が
 懐に転がり込んできた。ルパンになら、その一つを任せてもいいとメリッサは言った。
 「泥棒なんかにさせておくのは、もったいないわ」
 「泥棒は、彼の天職よ」
 「そうかしら?」
 「そうよ」
 メイドの運んできた紅茶を口にし、あら、と不二子は呟いた。
 「ルパンね」
 「外れ。ルパンの味を、うちのシェフに覚えさせたの。彼、こんなことまで得意なのね」
 「何でも出来ないと、仕事にならないもの」
 泥棒のね、と言外に付け加えた。
 「――で」
 と、彼女は口元を拭った。カップには、うっすらと紅の跡がついた。
 「まさか、次のターゲットがルパンというわけじゃ、ないでしょうね?」
 メリッサは笑った。
 「まさか! 彼が死にそうに見える?」
 「殺したって死ぬ男じゃないわよ」
 不二子が肩を竦めると、
 「賭けをしたのよ、彼と」
 「賭け?」
 不二子の眉が、怪訝そうに寄った。
 「そう。私と彼と、どちらが先に相手に恋するか、という賭け」
 唖然として、返事が出来なかった。
 「彼が勝てば、私のコレクションから好きな物を持っていくことになっているわ」
 メリッサのコレクションは多岐に渡り、実を言えば不二子も目をつけていた。ただし彼女の品に
 手を出せば、こうやって訪れることも出来なくなるので、今しばらくは仕事を見合わせているのだが。
 「……あなたが勝ったら?」
 あり得ないことと思いつつも、尋ねずにはいられなかった。
 「ルパンの財産を、そっくり頂くわ」
 今度という今度こそ、不二子は呆れて物が言えなかった。
 ルパンがどれだけの財産を所有しているか、不二子も正確なところは知らない。彼は時に文無し
 同然に陥ることがあるが、必ずどこかに相当量の財宝を隠し持っているに違いないと、彼女は確信を
 抱いていた。
 しかし未だかつて、ルパンはそれをおくびにも出したことはない。
 それをそっくり、手に入れると言うのか。
 それも、「恋」という手段で。
 不二子ですら、成功したことがないというのに。
 「私の特技、あなた知っているでしょう?」
 メリッサが微笑むのに、不二子は頷いた。
 彼女の特技――それは「相手に恋をさせる」ことに他ならない。
 彼女の二番目と四番目の夫は――名が思い出せなかったが――、女嫌いを通り越して人間嫌いで
 有名であった。まして老人ゆえに、彼女の美しさだけに囚われるようなことはなかった。死を目前
 にした彼らは例外なく、メリッサの献身的とも言える真摯な態度に心惹かれた。
 彼女は間違いなく、夫たちに対し真剣で一途であった。他の者になど目もくれない。事実、彼女が
 再婚するのは常に前の夫の死後、一年以上経ってからだった。
 博愛主義者なのよ、とメリッサは言ったことがある。
 その人間にとって自分が必要だと感じれば、全身全霊を捧げることが出来た。
 相手がどんな人物であれ。逆に必要ないと思えば、あっさり忘れることも出来た。
 「私は誰でも愛せるわ。でも――」
 ――だがそれは、「恋」ではない。
 寂しげに、メリッサは言う。
 恋に憧れた頃もあった。だが、それが自分に出来ないと悟ったとき、彼女は諦めたのだ。諦めて、
 自分の才能を生かすことにした。――「愛」を与えようと。
 いっそ修道女に向いていると不二子は思う。
 「ルパンがあなたを必要としている、と?」
 「そうじゃないわ」
 メリッサが笑った。「彼の方から持ちかけてきたのよ。『ゲームをしないか』ってね」
 不二子は目を丸くした。
 人を愛せても、恋することの出来ないメリッサと、年がら年中恋をしているようなルパンでは、
 彼の方が不利ではなかろうか。
 「そういう殿方は初めてだもの、それも面白いかと思ったのよ。最近は、私に近づく男性も
 少ないことだし」
 死を間近にした者に「愛」を与え結婚するということは、傍からあまり有り難くないあだ名を賜る
 結果となったが、メリッサはそれほど気にしていなかった。
 そもそも遺産目当ての結婚ではない。他に愛情表現の術を持たぬ男たちが、感謝の意を込めて
 勝手に遺したのだった。そして彼女は、それらを運営する術に長けていた。
 従って、何ら良心に恥じることはなかったし、また彼女を必要とする人物が現れれば素直に捧げる
 だけだった。――彼女の「愛」を。
 ルパンはメリッサを必要としてはいなかったが、彼女はそのゲームに心惹かれた。自分がルパンに
 恋などするはずがないという、確信があったが故である。
 今ひとつ理由を挙げるとすれば――。
 「彼が私に恋をしたら、どうする?」
 不二子の反応を楽しむかのように、メリッサは問うた。
 ありえない、とは言えなかった。彼の行状を思い返せば、「美人」であるというたった一つの理由
 で誰にでも恋をするルパン三世である。おそらく、メリッサとても例外ではあるまい。
 しかし、不二子は僅かに唇の端を持ち上げるだけだった。
 「構わないわ」
 と、一言。そして、
 「彼がたとえどんな女に恋をしようと、必ず最後には、あたしのところへ戻ってくるもの」
 メリッサが驚きに目を見開いた。
 「……大した自信ね」
 「今までの経験に裏づけされた事実よ」
 「これまではそうかもしれないけど、今度は違うかもしれなくてよ?」
 「だったら試してみるといいわ。答えが出るのに、そうはかからないでしょう。
  ――ルパンはきっとあなたに恋をする。でも必ず、私のところへ戻ってくるわ」
 カップの縁の口紅を指先で拭うと、そう言って不二子は辞去した。


 二週間ほどして、不二子はエーゲ海の見える海岸でバカンスを楽しんでいた。
 ――無論、一人ではない。相手は近頃売り出し中の青年実業家であったが、休みの間であっても
 仕事からは逃れられず、不二子はほったらかしの状態であった。
 もっとも、男の機嫌を取る煩わしさから解放されているのだから、不二子としては逆に願ったり
 だったが。
 そんなわけで、泊まっているホテルのプールサイドで不二子は一人のんびり過ごしていた。
 ――男の財力で以て、貸切だったのである。
 背後からゆっくり誰かが近付いてきた。規則正しい歩き方に、彼女はそれをウェイターと判断した。
 頼んでおいたジン・フィズを持ってきたのだろう。
 「ありがとう、そこに置いておいて」
 雑誌から視線を上げず、不二子はやんわりと礼を述べた。テーブルにグラスが置かれ、中の氷が
 小さな水音を立てた。
 ところが、ウェイターは一向に去る気配がない。怪訝に思って顔を上げると、そこにはワイシャツ
 の袖をまくったルパンが立っていた。
 「あら」
 「気付くの遅すぎじゃないの?」
 ルパンはテーブルを挟んで、反対側のイスに腰掛けた。
 「優雅だねえ」
 「邪魔しないでちょうだいよね」
 「ひでえ言い草」
 ルパンが口を尖らせた。「せっかく久しぶりに会ったってのによ」
 「あなたは、マダム・フロンティアーズと恋愛ゲームを楽しんでたんじゃなかったの?」
 ルパンはあはは、と乾いた笑いを浮かべた。次いで、かくん、と首を大きく垂れる。
 「……フラレちったい」
 あらまあ、と不二子は同情のこもった声を洩らした。
 「お気の毒サマ」
 「だから不二子ちゃん、慰めてー」
 両手を差し伸べるルパンに、
 「甘えるんじゃありません」
 と、不二子はその手を払った。
 ちぇ、とルパンは舌打ちした。「やっさしくないなー」
 「でもフラレたって、どういうこと? ゲームはどっちの勝ちだったの?」
 「そーれがよく分かんないんだよね」
 ルパンは真剣な面持ちで言った。


 ルパンはこのゲームを楽しんでいた。
 賭けを申し込んだのは彼だったが、実際メリッサは不二子に劣らぬ美人であったし、頭の回転も
 速く知識も豊富で話しているのは楽しかった。彼女から任された仕事は、ルパンが普段手がけて
 いるものとは違い、生命や身の危険とは縁遠かったが、こういう生活も悪くなかった。
 つまり、満足していたのである。
 勝負は自己申告制であったので降参しない限りゲームは続くはずだったが、ルパンははっきりと
 自覚していた。
 財産が惜しかったわけではなく、ゲームが終われば彼女と別れることになる。それが勿体無くて、
 負けを認めようとしなかっただけだ。
 つい昨日のことになる。
 夏も近くなり、バカンスはどこに行きましょうか、とメリッサが廊下を通りかかったルパンを
 呼び止めた。
 「あなたの好きなところでいいわ」
 書類の束を抱えたまま、ルパンはうーん、と首を捻った。
 「急に言われてもなあ」
 行ったことがない場所など、ほとんどないルパンである。ただバカンスとなると、少々事情が
 異なってくるので、さてどこが良いかと頭を悩ませてしまう。
 「夕方までに考えといてくれれば――」
 言いかけたメリッサの言葉を、ルパンは次の提案で遮った。
 「海が見えるとこなら、ま、どこでもいいかな」
 「海?」
 「ずーっと遠くの水平線まで、なんも見えないとこ。無人島みたいなとこでもいいし――」
 抱えていた書類が一枚ひらりと落ちかけた。慌てて左足で受け止めると、それをメリッサが
 素早く拾い上げた。
 一番上に書類を戻しながら、
 「海が好きなのね?」
 と、微笑みながらメリッサは尋ねた。
 「ん、まーね」
 ルパンはもう落とすまいとして、書類の上に顎を乗せた。
 「海ってこう、際限ない気がしてさ。無限に広がる大宇宙――じゃないっけどもさ、海の向こう
 に行ってみたくなるんだよな。ま、今や飛行機でひとっ飛び〜! の時代だけっど――」
 最後のほうの言葉を、ルパンは飲み込んだ。
 メリッサが、ひどく真剣な面持ちでルパンを見ていた。
 「書類を下ろして」
 「へ?」
 ルパンは目を丸くした。
 「早く下ろして」
 「でも、これ昔の――全部、PCに打ち込むんだろ? 二日もあれば終わっから、そしたら――」
 「下ろして」
 有無をも言わせぬ口調に、ルパンは渋々廊下にその束を下ろした。
 「あなたが欲しいのは、どれ?」
 ルパンはきょとんとして、メリッサを見つめ返した。
 「私のコレクションの、何が欲しいの?」
 「……メリッサ?」
 「ゲームは終わりよ、ルパン」
 「どしたんだよ、急に?」
 「あなたの勝ち。それでいいわ。だから、今すぐここを出て行って欲しいの」
 「――俺、なんか気に障ること言った?」
 無粋と知りつつも、尋ねずにいられなかった。
 けれどメリッサは、ゲームの終わりを告げるだけで、とうとう答えてはくれなかった。


 話し終えたルパンは、テーブルにうっつ伏していた。
 「……なあ、俺、なんかまずいこと言ったかなあ?」
 直前までの会話を何度思い返しても、メリッサの機嫌を損ねた原因がどうしても分からない。
 ルパンには理解できまい。
 メリッサは――彼女もまた、ルパンに惹かれたのだ。そしてあの会話で悟ってしまったのだろう。
 ――ルパン三世という男が、決して自分のものにならない事実に。
 ルパンは一つのところに留まることがない。それは物質的な場所でもあり、はたまた精神的な
 それ――心の拠り所もそうだ。
 一見、見境なく惚れるようでいて、決して捕らわれることのない彼の心に狩猟的感覚を覚える
 のか、存外ルパンに惹かれる女は多い。
 だがルパンは、誰の手にも落ちない。
 その事実に気付いたゆえに、メリッサは恋をする前に自ら敗北を認めたのだろう。それを賢明な
 判断だったとするべきか、恋することを恐れた臆病な選択と取るべきかは、不二子には分からなかった。
 「どうでもいいじゃない、そんなこと」
 不二子は軽く肩を竦めて見せた。
 「それで? 獲物は何?」
 ルパンはむくりと起き上がった。
 「目、瞑って」
 「何よ?」
 「いーからいーから。目、瞑ってってば」
 不二子は怪訝そうに眉を寄せ、軽くルパンを睨みつけると渋々目を瞑った。
 ルパンは不二子の顔の前に手をかざした。ズルはしていないことを確認すると、ズボンのポケット
 に手を突っ込んだ。
 「まだ?」
 「待って待って、すぐだから。――ホイ、どうぞ」
 ちゃぽん、と小さな水音がした。
 不二子は瞼を持ち上げ、次の瞬間、その目を大きく見張った。
 ジン・フィズのソーダ水の泡と氷の間に、赤く光るものが浮かんでいた。
 「これ――これ、もしかして――“スカーレット”!?」
 ルパンがにんまりとした。
 通常目にするダイヤモンドはホワイトダイヤモンドといい、無色透明に近いほどその価値が高くなる。
 だが、中には色のついたものも存在する。一定の濃さ以上はファンシーカラーダイヤモンドと
 呼ばれ、特に希少性の高いカラーがレッドダイヤモンドである。
 一九八七年、NYのクリスティーズのオークションにおいて、八十八万ドルでレッドダイヤモンド
 が落札された。歴史上、宝石につけられた価格としては最も高価なものとされているが、
 それでも〇・九五カラットであった。
 だが、この“スカーレット”は間違いなく一カラットはある。その赤さも、上記のダイヤに勝る
 とも劣らないだろう。もし市場に出れば、百万ドルは下らないのではないか。
 「よく彼女が手放したわね……」
 半ば驚き、半ば呆れて不二子は呟いた。
 このダイヤは、彼女の最初の夫――他の四人と比べると些かランクが落ちたが、それでも裕福
 だった――が、どこからか手に入れてきたものだった。彼は宝石商で、稀に自ら現地に飛ぶこと
 もあったので、おそらく直接買い叩いたのだろうというのが専らの噂だ。彼はその土地で性質
 の悪い風邪にかかって死亡し、直後に妻の下へダイヤが送られてきた。
 この話は、ちょっとした美談として知られていた。彼女はどれほど大金を積まれてもダイヤを
 売ろうとしなかったし、人前でそれを身につけることもなかった。亡き夫の形見として、時折
 取り出しては眺めるに留めていた。
 元々不二子がメリッサに近づいたのも、これが目当てだったためだ。
 「これを手に入れるだけのために、随分七面倒臭いことをしたものね」
 確かに警備は厳重であったろうが、天下のルパン三世ともなればそれを掻い潜り、易々と手に
 入れたろうにと不二子は思った。
 「だって、不二子ちゃんの数少ない女友達だかんね。盗んだりしたら、後々困るでしょ?」
 きょとんとして、不二子はルパンの顔を見つめた。それから眉間に軽く皺を寄せ、
 「一言余計よ」
 じろりと睨めつけられ、ルパンはついとそっぽを向いた。
 「じゃあ、何? あたしのために、こんなことをしたって言うの?」
 ルパンがニイッと白い歯を見せた。
 「惚れ直した?」
 「……バカねえ」
 本気で呆れたような声を不二子は上げた。
 「バカはないでしょ、バカは!」
 ぷうっ、とルパンは膨れた。
 「こー見えても俺、色々気ぃ使っちゃったりなんかしてんだからして」
 「はいはい」
 と、不二子は笑った。「じゃあ、感謝しておくわ」
 「感謝の意は、行為で示してほしいなあ」
 ルパンはちょいちょい、と自分の頬を指差した。
 「そっちでいいの?」
 「え!? こっちにしてくれんの!? うわっ、さいこー! してしてン!」
 今にも飛び掛らんほどの勢いで唇を突き出し、ルパンはテーブル越しに不二子を抱き締めようとした。
 不二子はそれをやんわりと押し止め、先程のお返しとばかりに、
 「目を瞑って」
 「何で?」
 「ムードのない男は嫌いよ」
 「ムードなら売るほど有り余ってるって」
 ルパンは言われるままに目を閉じた。今か今かと待ちわびるあまり、身体が小刻みに揺れる。
 不意に、ひんやりとしたものが唇に触れた。冷たいカクテルを飲んだからか、とルパンは薄目を
 開けてみた。
 そこに、真っ赤なダイヤがあった。
 「……期待させといて、それはないんでないの?」
 「<scarlet>の意味、知ってる?」
 手の平にレッドダイヤを落とし、不二子は尋ねた。
 「緋色とか、深紅とか――」
 言いかけて、ルパンは口をつぐんだ。そう、と不二子は頷いた。
 「それから、『淫ら』。――あなたは見事、彼女との賭けに勝ったのよ、ルパン」
 最初の夫から貰ったダイヤ。それに付けられた名前を、彼女はどんな想いで受け止めたのか。
 <青髭婦人>――奇妙な符合。
 メリッサは、ダイヤと同時にその名も差し出したのではなかろうか。敗北の証に。ルパンに恋をし、
 それを諦めた証拠に。自分自身の身代わりとして。
 「だから、今ので満足しておきなさいな」
 「モテる男は辛いねえ」
 ルパンは冗談に紛らわせ、イヒッと笑った。
 「少しはヤキモチ焼いた?」
 「まさか」
 あっさりと不二子は否定した。
 ルパンが自分の元へ戻ってくるのは、分かりきっていたことだ。どんな女が相手であれ、
 彼と付き合っていけるのは自分しかないと不二子は確信している。
 言い換えれば、それだけの自信がない限り、この男の傍にいることなど到底不可能なのだ。
 そして不二子もまた――。
 待ち続けるのではなく、追いかけるでもなく。
 決して手に入れることは出来ないけれど。
 他の誰にも真似できない、理解すらされないだろう。
 「さて、と」
 ルパンはイスの背にかけてあったジャケットを取り、立ち上がった。
 あら、と不二子は声を上げた。何もせずに帰るのが、些か意外であった。
 ルパンは苦笑し、
 「これ以上ここにいたら、邪魔だろ?」
 仕事の、と言外に付け加える。不二子が何のためにここにいるか、知っているかのような
 口振りだった。――いや、事実見抜かれているのだろう。
 ルパンは身体を折り曲げ、そっと不二子の耳元で囁いた。
 一言、二言。
 背中を向け、手を上げて去っていくルパンをちらりと横目で見ながら不二子は満足げに微笑み、
 小さく“スカーレット”に口付けた。


 ――三ヵ月後、メリッサ・フロンティアーズがマダム・クックになったことを告げる記事が、
 掲載された。
 Fin






こーじろさん、ありがとうございました!!!!!
キリ番で申告者が見つからない〜とおっしゃっていたところを「それなら我先に!」
と戴いてしまいました。
お題は「ルパンと次元」も頼んでみたかったんですが・・・凄く悩んだ結果、
私にとって一番最初にこーじろさんに惚れたのがルパフジだったので、
今回はルパフジでお願いしてしまいました。
でもやっぱり頼んでよかったですっ!上品な美酒を思わせる深い余韻が・・・!(感涙)
甘いけど甘すぎない、色っぽい空気の漂う大人の駆け引き。
やっぱりこーじろさんのルパフジは最高にカッコいいです。
こーじろさん、ありがとうございました!
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